健常者と比べると、精神障害者は明らかに疲れやすいです。私は周りから「疲れてる?」「眠れてないの?」などと心配されることが多々あります。
気合いで頑張れよ!そう思う方もいるかと思いますが、私は過去気合いでなんとかなったことがありません。
私は根性なしなのか。それとも甘えているのか。今回は私が「気合い」でがんばれない理由を考察してみようと思います。
気合いは予備バッテリーのようなもの
前提として、健康な人の「気合」というのは、メインのエネルギーが少し減ったときに使う「予備バッテリー」のようなものなのではないかと思っています。
なぜ予備バッテリーまで空っぽ?
なぜ予備バッテリーまでもが底を尽きるほど疲れているのか。それはわたしの脳に原因があります。
わたしは障害者雇用で一般企業に勤めていますが、単純作業がメインです。 単純作業は一見楽に見えますが、実は脳内では以下の2つが同時に起きています。
いわば「アクセルとブレーキを同時にベタ踏みしている状態」です。これではエンジン(脳)がオーバーヒートしてしまうのも無理はありません。
さらに、周囲の雑音や視覚情報、体調不良を言い出せないストレスなどが追い打ちをかけます。終業後にぐったりしてしまうのは、根性がないからではなく、脳のエネルギーを使い果たしているからなのです。
「頑張れない」のは、これまで「頑張ってきた」証拠
私には、気合がないわけではありません。 むしろ「脳を酷使する環境」で、自分を厳しく律して生きてきた結果、バッテリーが空っぽになり、脳が「これ以上動いたら壊れてしまう!」と強制終了(シャットダウン)をかけている状態なのだと思います。
もし今、あなたが「頑張れない自分」を責めているとしたら、それはあなたがこれまで、誰にも見えない場所で人一倍「気合」を振り絞ってきた証拠です。
予備バッテリーを充電するには、時間がかかります。でも、それは決して「甘え」ではありません。いつかまた、自然とバッテリーが満たされる日が来るまで。今は、自分に「お疲れ様」と言ってあげませんか。


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